人類が手にできる広大な可能性
ランドマークワールドワイド
ブレークスルーテクノロジーコースリーダー
ローレル・シーフ
2枚の鏡を向かい合わせると、遊園地のミラーハウスのように、鏡の中の像が反射を繰り返し、無限に後退しながら消えていく。もしその中にカメレオンを置いたら、カメレオンはとめどなく擬態を繰り返し、自らの姿で作られた世界の中に自らの姿を消そうとするだろう。正に、鏡に映った自分の姿に自らを適応させようとするその行為によって、カメレオンの意図は繰り返し挫かれる。*
*ケヴィン・ケリー『Out of Control – the New Biology of Machines, Social Systems, and the Economic World』 (Basic Books, 1995)をもとに編集。

私たちは、幼い頃、ある日ある時、他者から批判されたと感じたり、他者と比較して自分には何かが足りないと思ったりして、「これではいけない」という感覚を持ちます。その瞬間に、自分は人生で勝利していくために必要なものを持っていないと結論づけます。そして、それを補うためのあり方(「強い手札」または「勝つための戦略」と呼ばれるあり方)を思いつき、それによって自分に欠けていると思ったことを補おうとします。幼い頃のこうした決断は、とてつもなく強力な宣言となり、その人の世界観、つまり、基本的にその人の未来全体を形作ります。その後、自分が決めたそのあり方を試行錯誤し、磨きがかかってくるとそれが固定して生涯にわたるアイデンティティ(私が「私だ」と考える人)の一部になります。そうなると、どれほど月日が経とうが、似たような状況に遭遇した途端に勝つための戦略が無意識に発動し、ミラーハウスの「無限後退」が始まるのです。
何かの拍子に、その初期の決定がいかに自分を縛っているかが見え始め、何とかしようとしても、その修正自体が「固定されたあり方」に許される範囲に留まります。(つまり、依然として昔の解釈が私たちの未来を決めるのです)。これ故に私たちは行き詰まり、人間であることの可能性の広大さを見失うのです。「遠い昔に」どんな解釈を作ったのであれ、それも一つの選択であったと認識できれば、自分をその作者として見始められます。その時私たちは全く新しい、無限の自由という領域に足を踏み入れます。それはあなたの言葉によって存在するようになった「可能性の領域」です。

ランドマークワールドワイド
ブレークスルーテクノロジーコースリーダー
ローレル・シーフ
*Landmark Insights URL(英語):
https://landmarkinsights.com/2017/01/the-vastness-of-whats-available-in-being-human/
