発明する世界、創出する世界、可能性の世界

ランドマークワールドワイド
ブレークスルーテクノロジーコースリーダー
医学博士 ジョー・ディマジオ

「言語は、未だ創造されざる世界と創造された世界とを結ぶ架け橋だ。究極の現実であると同時に、現実を創出する手段でもある」 『パラボーラ』

 

外側に世界があって、言葉はその世界を描写し、言及し、それについて語る……のだとすれば、自分や他の人たちに何を言うか、どう言うかが、世界と私たちとを結ぶ架け橋だということになるのかもしれません。通常私たちは、言葉は世界に対応して出てくるものだと考えているため、言葉の世界に限界を課してしまいます。すると可能になるのは、言葉を世界に添わせることだけ、つまり、これが世界だと自分が知っている世界に言葉を合わせていくことだけになってしまいます。朗報があります。現実は「言葉の中に」立ち現れる現象だ、ということです。決まった現実は存在しません。すべては言葉の中に生じています。

人間であるということは、人間独自の領域、すなわち言語という領域を持っているということです。その領域にこそ、発明の世界が、生じさせる世界が、可能性という世界が出現します。

 

言語は、外側にある世界への単なる架け橋でも、対応でも、扱い方でもありません。むしろ、まず言葉が「世界」というものを可能にし、存在に持ち込みます。これは、世界は言葉に合わせてくる、ということであり、従来からの方向性を転換するモデルです。この転換によって私たちの様々なレンズやフィルター、マインドセット自体が取り除かれるわけではありませんが、それらフィルターやマインドセットが、もはや私たちが誰であるかを規定しなくなります。言葉は世界を制約することも拡大することもできるのだと考えると、「言葉が世界を形成している」ということが大変にリアルになります。私たち自身が運転席に座ってハンドルを握っているのです。何が可能であるか、ということの質そのものが変容します。

ジョー・ディマジオ

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ブレークスルーテクノロジーコースリーダー、医学博士