リチャード・ジンク 「人生に勝つのではなく、人生を生きることを学ぶ」

「私は、人から奪うことなく、業界全体を変えることができます」  — リチャード・ジンク

なぜ、カナダのトロントで既に事業で成功している人が、ランドマークフォーラム*に参加するのだろうか? リチャード・ジンクの場合は、どうしても人に話ができるようになりたいという必死の願いからだ。「私は話したくてたまらないのに、話すのが大の苦手でした。ひとつには、人前で話をするのが怖かった。私の話なんて、人が聞きたがるようなものではなかったからです。私が勝って他の人が負けたという話ばかりでしたから」
*訳注 日本名称は「ブレークスルーテクノロジーコース」















ランドマークの卒業生仲間と。(左がリチャード・ジンク、右がタイムール・ザマン)

リチャードはスピーチの達人になりたいと願いながら、自慢話以外の話の仕方を知らなかったのだ。コーチになってくれそうな人と出会ったとき、その人はリチャードを引き受けると約束してくれたが、その第一ステップとしてランドマークォーラムに参加するように言われた。リチャードは振り返ってこのように言う。

「コーチから『心から話して下さい』と言われました。『心から話すって、どういうことですか?』と尋ねると、コーチは『心から話をしてもらわないと、このステージには上げられませんよ』と言うのです。私が『どういう意味ですか?感情のことですか?』と言うとコーチは 『そうだ』 と言います。私は『僕は男ですよ、感情なんてありませんよ』と言いました。するとコーチは『それは違う。自分の心から話さなくちゃ。自分の心から話さないのなら、このステージには上げられないよ』と言うのです」

リチャードは、自分の感情が答えであるということに納得したわけではなかったが、何かが上手くいっていないことは確かなので、しぶしぶながら、2006年にランドマークに参加することにした。「私は『参加せねばならない』という気持ちでランドマークの会場に向かいました。すると初日から、それほど時間も経たないうちに、成果を掴み始めたのです。『これは凄い!』という感じでした」

過去 —— 勝つことが「勝利の方程式」**だった。

リチャードは、自分の過去の成功は激しい攻撃性に裏打ちされたものだったと認めている。父親の虐待を受けて育った5人兄弟のひとりであるリチャードには、文字通り、勝利することが「勝つための方程式」になった。「家で虐待を受けていたので私は怒りを抱えていました。『人は自分を傷つけるから、人から遠ざからなければ』と思っていました。しかし、学校では、人と距離を取っていると、のけ者になり、いじめられます」。リチャードはいじめっ子に立ち向かい始めた。最初は拳で、後に知恵で勝つようになった。「誰でも出し抜いてやる。私は全身を駆けめぐる怒りのすべてを、頭を使うパワーにし、そのようにして人を出し抜くようになりました。悪く言われたり脅されたりすればするほど自分は賢くなれるのだ、と学んだのです」

**訳注 「勝利の方程式」 ランドマークで提供している区別のひとつ。「強い手札」とも言う。

大人になったリチャードは、このときの教訓を活かして競争相手を巧みに操り、失敗に追い込むことでフードトラックビジネスを繁盛させてきた。「画策して、競争相手が顧客を失って自滅するように仕向けた。持てるスキルをすべて使っていたが、正しい使い方ではありませんでした」 リチャードは、以前の自分のあり方を振り返ってこう言う。「私が悪人だったということではなく、まっとうな人を、誰からも好かれない人にする方法を習得していた、ということです。そして、自分がヒーローとなり、市場を獲得していきました」

リチャードは、次々と勝利を重ねていたにもかかわらず、実際に自分の成功に満足することは稀だった。「私は、『今年最も活躍した起業家』に選ばれ、その全国大会にノミネートされたときにこう思いました———『えっ、今後はカナダ中の相手を負かしていかなければならないのか・・・』と。そして、そんなことはもう二度とやりたくない、と思ったのです。今ではそれを毎日実感するようになりました———私は人を負かす必要はないのだと。私は、人から奪うことなく、業界全体を変えることができます。どうすればその業界がより良くなるかをすべての人に示すことができます」

現在 —— 「初心」で聞く
「私は全部を知っている必要はありません。ただ聞きに行けばいいのです。すると、全部ちゃんとうまくいきます」
自分がこの世界でどういう人として存在し得るかについて、ランドマークはとてつもない洞察を与えてくれたとリチャードは言う。「ランドマークに参加したとき、私は『ビジネスの嫌いなところは、人から奪って自分のものにしなければならないことだ』と発言しました。するとリーダーたちは、『いえいえ、それはあなたの頭の中でそうなっているだけで、それが現実なのではありませんよ』と言うのです」。リチャードが、成功についての昔の自分の会話と、現在の自分自身とを比べてみると、その違いは歴然としている。「(昔は)私はすべてをどう計画すべきか知っていました。すべてをお膳立てしてからその業界に入っていって破壊していきました。いま、違うのは・・・何であれ、それをどうやってやるか、ということは、私はまったく知らない、ということですかね!」













ランドマーク説明会リーダーに任命されるリチャード・ジンク(写真右)

リチャードの最大のブレークスルーは、自分の頭の中の世界から出て、今この瞬間に身を置いていることだ。かつては、会話で何を言うかの台詞をすべて用意していた者にとっては、これは根本的なゲームチェンジだ。「恐怖が全部消えました。私は、ただ私であるだけです」 リチャードはかつての、あらゆる不測の事態を想定しておかなくてはならないと確信していた人物から、 会話をしている相手に耳を傾け、その人とつながることに注目する人物になった。「私は全部を知っている必要はありません。ただ聞きに行けばいいのです。すると、全部ちゃんとうまくいきます」

全員で活躍し、全員で勝利する
他人の成功が自分の成功への脅威でなくなったとき、驚くべきことが起きる。これについてのリチャードの最高の実例は、息子の一人が働いている造園会社と仕事をしたときのことだ。その会社の社長との会話から、リチャードは新しい可能性をひとつ創作した。「私が、『聞いて下さいよ、フィナンシャル・ポスト紙が(あなたについての)記事を組みたがりますよ』と言うと、その社長は『いいから、いいから、君は自分の担当の仕事をやって下さい』と言いました。私は『でもそうなりますよ。いつ、どのようして、どういう理由からかは分かりませんが、FTはあなたを記事にしますよ』と言いました」 この宣言から始まったのが、その社長が本当に言いたいことを引き出す会話だった。つまり、「あなたが本当にやりたいことを言って下さい。それを二人で記事にしましょう」だった。












(左から)キンバリー・ジョイ・リァオ、リチャード・ジンク、スー・モリニュー

リチャードにとっては、人との会話やつながりに焦点を当てるというのは革命だった。そしてそれが、誰一人敗者にならないという成果を作り出しているのだ。この事例では、この会社の社長が世間に知って欲しかったのは、会社を創設したのは父親だが、革新を起こしてきたのは自分と兄弟である、ということだった。「聞くこと」ついてのリチャードの新しい現実が、この社長に「それで完璧だ!」と答えさせ、そして実際そのとおりだった。「こんな経緯で記事になりました。社長はこの記事を額に入れてオフィスの壁に架けさせたので、大口顧客は皆、それを見ることになります」

昔のリチャードの焦点が自分の事業の追求だけに当てられていたとしても、今の彼はシフトし、すべての人のためにビジネスをつくり出すことに焦点を当てている。以前なら確実性に頼っていた場面でも、いまのリチャードは、「やり方は知りませんが、見つけ出しますよ」と自信を持って言う。そして耳を傾ける。物語を語る。物事の新しいやり方を模索する。彼はこれを、自分以外の何かにならねばならない、というプレッシャーを全く感じることなく行なっている。「恐れがすべて消えてしまいました。 私はただ私であるだけです」。リチャードは、人を支配しなくても成功するし、無理なプレッシャーをかけなくても卓越できると知っている。「そんなことをしなくてもいいのですよ!それが、私がランドマークから得たことです」。これを実践しながら、リチャードはトロントのビジネス環境を変えている。

リチャードが心から話すところを聞いてみたいなら、リンクはここだ。
MoMondays™プロフェショナル・スピーカー・シリーズの自由参加の部でリチャードが話す「私のインナーチャイルド」