記事 ホテル・カトリーナ 第5章(最終章) 大団円 ― 民間の援助活動が、政府を動かす

ダラスのホテルオーナーと仲間たちが起こした奇跡
——まごつく政府救援に先んじた民間援助                                                        

ダラスのホテルオーナーと仲間たちが起こした奇跡
——まごつく政府救援に先んじた民間援助

訳注 《登場する人々》
・デイブ・ピーターソン
ホテル「クオリティイン」のオーナー。ランドマークの卒業生。
ハリケーンカトリーナの被災者を無償でサポートする。
・カイリーン・ダビッドソン
クオリティインの食料調整係として協力した地元の住民。
・ケンリック・ネビル
隣のルイジアナ州からダラスまで避難。クオリティインに滞在。
・ロバート・バートン
クオリティインの料理長
・ダリル・スタフォード
クオリティインの接客部門マネジャー
・ケン・チャイケン
不動産専門の弁護士。
・ケイティ・ニーソン
ニューオーリンズ在住の女性。ハリケーンカトリーナで被災し、家族や親戚とともに、ホテル「クオリティイン」に避難。
・ウォンブル一家
ケイティ・ニーソンの義弟の家族。ニーソン家と共にクオリティインに避難。

FEMA(米連邦緊急事態管理局)の官僚的な対応が引き起こした悪夢と比べると、クオリティインの成功が一層際立つ。カイリーン・ダビッドソンは、行政の支援計画に対する信頼が根本から覆されるような経験だったという。みんなが私のところに来て『FEMAに被災者登録をするために、あなたから教わったことを全部やった。あれからもう2、3週間が経つけれど、まだお金がもらえない』と言うのです。皆の声は怒りを通り越し、打ちひしがれていました。『なぜ政府は、私たちにこんなひどい仕打ちをするのか?』 眼差しや表情から、只々疲弊しているのが見て取れました ―― 怒る気力など無かったのです」

カイリーンは続ける。「私は懸命にFEMAへの被災者登録の手続きを続けました。実際にFEMAに足を運び、皆の分を登録しようとしたのです。私にもどうなっているのか分からないことがありましたから。FEMAの職員は、一向に手続きを進めてはくれませんでした。中には『さあな、申請者の頭が悪いからだろ』などと云う職員もいたので、私は言ってやりました。『違うわ。自分でやってみたの?こんな手続き、あり得ませんよ!』」

ハリケーンの数日後すぐFEMAに登録できた人たちの中にも、この記事を執筆している11月に至るまで、経済的支援をまったく受けていない人たちがいる。また、小切手はニューオーリンズの住所に送ったと伝えられた人もいる。すでに、ニューオーリンズの家が存在していない、という場合もあるのに。デイブは言う、「明け方4時に起きてFEMAに電話をします。そして、そのまま切らずにスピーカーフォンにしてもう一度寝ます。すると朝の7時半か8時にようやく繋がるという有様でしたよ」

対照的に、デイブの臨機応変な対応はこの上ないものであった。デイブは言う、「市長に会ったことは一度もありませんし、役所に知人もいません。事務的な仕事といえば、子供たちを学校に通わせるために学区の申込書をコピーしたくらいですよ」

FEMAが、銀行口座を持たない人に寄付金を分配するのを拒んでいると知り、デイブは被災者に銀行口座を開設させるため、ホテルに隣接した銀行「バンク・ワン」に行かせた。最初に申し込みをした人たちが、口座の開設には25ドルの預け金が必要だ、と言うのを聞いて、デイブはその後、申し込みに行く人たちに自分のポケットマネーを持たせた。後日、銀行に自ら赴いてマネージャーを説得し、約款の例外としてもらった。

関係者は、ダラス市の対応自体は素晴らしいものだったと認める。ただし、避難所に逃げた人たちに対しては、ということだ。ホテルに逃げた人たちにとっては、市長の立ち上げたエクソダス計画などの支援計画は納得のいかないものだった。キャシー・ニーソンの甥にあたるキース・ウォンブルは、ハリケーン・カトリーナ上陸の2週間後、家族のためプレイノ市にアパートを見つけた。その後まもなく、ミラー知事がアパートの管理人に電話をかけ、エクソダス計画(*1)への参加を勧めた。管理人はキースの電話番号を知事に教えた。キースはこのときのやり取りを思い出す。

「もしもし、ローラ・ミラーです」
「え、ローラ・ミラーさんって? どちら様ですか? 」
「ダラス市の市長です」
「そうでしたか!どうやって、この番号がわかったんですか?」

訳注 *1)当時のダラス市長ローラ・ミラーが実施した被災者支援策で、被災者がアパートに移り住んだら2ヶ月間、資金支援を行うことで、避難所から脱出させ避難所をなくそうというもの。「エクソダス(Exodus)」は聖書の出エジプト記の英語名。
参考URL: http://www.alipac.us/f12/hurricane-victims-begin-moving-apartments-8452/

キースは思わず笑いながら、説明してくれた。「市長が、『エクソダス計画に参加したいか』と訊いてきたので、『避難所だけじゃなくて、ホテルや車に寝泊まりしている人がたくさんいますよ。避難所には行かなかった人たちです。物資が底をついたら、この人たちは、あなたが閉鎖しようとしているあの避難所を利用するしかないのです』と言いました。すると市長が『なるほど、分かりました。ところで、あなたの光熱費などを、向こう2ヶ月間、市が負担させていただいてもいいですか?』と訊くから、『もちろん!』と答えました」。

紆余曲折があったが、最終的にはデイブが、自分ができなかった面をついに政府が補ってくれるのだ、と躊躇なく認めるに至った。彼の記録によると、9月の1ヶ月間に1万人の人がクオリティインに滞在した。ようやく政府から、それまでの費用を補填する小切手が送られてきたとき、その金額は天文学的な数字になっていた。デイブは10月の中頃に、最初の小切手を受け取り金額を確認したときのことを覚えている。「良かった!これで何とかなる」

自分が果たした役割について話すとき、デイブの声は感極まって震える。「私は普通のホテル経営者でいることもできました。やろうと思えば、多くのホテルを買収してうまく経営し、大成功することもできたかもしれません。でも、私はこれを、まったく違う機会として捉えました。人のために、大きな違いを作る機会だ、としたのです。生涯でこんなチャンスに恵まれる人はそう多くはいません。まさにこのために今までホテル経営をしていたようなものでした。この機会を授かったこと、そしてそれをやり遂げられたことは、この上ない光栄でした」

デイブは非常に慎み深い人だ、と被災者たちが思っているのは言うまでもない。ウォンブル家が、親族であるケイティ・ニーソンの甥、エリックの結婚式のために、クオリティインに戻ったときのことだ。披露宴での皆の喜びに満ちた表情を見て、デイブとアンは誇らしげに微笑んでいた。噂によると、夫妻は自分たちのホテルで行なわれるこのささやかなイベントに出席するため、豪華なチャリティーパーティーへの出席をキャンセルしたらしい。多くの人がこの噂を信じている訳は、ケイティが言うように、「あの夫婦のような人たちは他にはいない」からだ。

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新郎の母親となったケイティ・ニーソン(左、帽子の女性)らが、新郎新婦の門出を祝って乾杯

 

 
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