記事 『アメリカ手話を使って語る童話』 ―すべての子どもに多次元的な物語体験を提供する

手話通訳士でランドマークワールドワイドの卒業生のローリーが興したのは、アメリカ手話の教育を変革する「ASL童話」プロジェクトだった。          

ミンディ・サリバン (ランドマークワールドワイド シリーズディレクター)

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ローリー・メイヤーと話してみれば、聴覚障がい者のコミュニティに寄せる彼女の並々ならぬ情熱とコミットメントがはっきり伝わってくるだろう。彼女の仕事はアメリカ手話(ASL=American Sign Language、訳注)の通訳士だ。ローリー自身に聴覚障がいはないが、言葉の神秘に目覚める時期にある聴覚障がいの子どもたちに、大きく貢献するという目標を持っている。

(訳注)アメリカ手話 アメリカ合衆国やカナダの英語圏で使われている手話。現在、25万人から50万人が使用しているとされる。

2004年、ポートランドに引っ越して間もないローリーには知り合いがいなかった。大晦日に聴覚障がい者が参加するイベントがあることを知って顔を出し、その会場でピンキー・アイエロと知り合った。ピンキーは生まれながらに聴覚障がいがあり、健聴者を憎みながら大きくなった。両親は娘のためにならないと考えて手話を教えなかったので、ピンキーにとって人生は、周囲と上手くコミュニケーションが取れない怒りと不満の中で始まった。2007年、ローリーの紹介によって、ピンキーとピンキーの友人アリシャ・ブロンクは、ランドマークフォーラムに参加した。二人はこう語る。「ランドマークワールドワイドで掴んだのは、『意味なし空っぽ』だけではありませんでした。健聴者は別に好んで聴覚障がい者を誤解しているのではなく、私たち聴覚障害者の言語を知らないだけ、ということを心底理解しました」

それから少しして、ローリーがランドマークワールドワイド社のチーム・マネジメント・リーダーシップ・プログラムに参加して作ったプロジェクトを土台として、そこにピンキーとアリシャの協力が加わって「アメリカ手話で語る童話(以下、ASL童話)」というアイデアが生まれた。「アメリカ手話を使った童話を作るというアイデアに惹かれたのは、健聴者が私たちを理解する助けになると思ったからです」とピンキー。

ASL童話は、ピンキーが出演してアメリカ手話(ASL)で物語を語る動画と、併読用の書籍をセットにした童話本である。子どもたちが大好きな『ラプンツェル』や『エンドウ豆の上に寝たお姫様』などの童話が、幼い子どもたちの視覚認識や空間認識を高め、物事を立体的に捉える思考が身につく形で提供されている。

ローリーは、現在提供されている健聴者向けの手話教育の手法が、聴覚障がい児を理解する助けになっていないと感じている。高い教育を受けた良心的な人たちが、聴覚障がい者コミュニティについての不正確な知識を耳の聞こえる子どもたちに教えている、とローリーは言う。そういう人たちは決まって「耳の聞こえる子どもたちが、聴覚障がい者コミュニティの言語や文化を体験できるための基本を教えたい」と言うが、ローリーによれば、実際にはそのような結果は生まれていない。

もともとの考え方は、健聴者にアメリカ手話の単語を教えれば聴覚障がい者を尊重するようになるだろう、というものだった。しかしローリーは、これがアメリカ手話にとって最悪の事態を招いたと考えている。なぜなら、ほとんどのアメリカ手話学習プログラムは、言語の機能の仕方について誤った知識を教えているからだ。「単語の寄せ集め」としてアメリカ手話を教えているのだが、とんでもない、手話は実際には概念の集合体なのだ。

ローリーたちの「ASL童話」に目を転じると、ASL童話は童話の語りであると同時に一つの言語でもある。数ヶ国語に堪能なローリーは、子どもたちに外国語を教えるときは、読み聞かせをして教えるそうだ。どの言語にも当てはまることだが、日がな一日かけて単語をいくら覚えても、その言語を学んだことにはならない。さらに、フランス語を学ぶのとは異なり――フランス語なら音で違いが分かる――アメリカ手話の学習者には、いま自分が何かを正しく言っているかどうかが一切分からないのだ。ほとんどの手話関係の書籍は絵と文字のみの二次元の作りになっているが、ASL童話は完全に三次元的だ。つまり、どの巻にも、絵と文字の童話本に加え、本と同じ内容を手話で表現した動画がついてくるのだ。

ローリーは言う。「ASL童話は、耳の聴こえない子どもたちのためだけにあるのではありません。耳の聞こえる子どものためでもあります。それどころか、すべての人に向けた教材です。私たちの目標は、すべての子供が、必ず周囲にASL童話を観たことのあるご近所さんや学校友達がいる、という環境になるくらい、ASL童話を素晴らしいものにすることです」

ピンキーもそうだったように、多くの聴覚障がい者は、健聴者の世界についての理解の不足から、健聴者に対する怒りと不信を募らせていく。また、健聴者からの理解を促すために聴覚障がい者が行なってきた様々な試みも、多くは、人を感動させたり心を打つものではなかった。ローリーが運営するボランティアチームの約60名のメンバーたちはこの点に気づいた。だから今は、どんな方法なら本当に健聴者をインスパイアして、聴覚障がい者に対する理解を促すことができるかを見極めようとしている、とローリーは語る。

ASL童話はもともと、聴覚障がい者を対象としたものだったが、プロジェクトが進むにつれてローリーたちは、これがすべての子どもたちのためになることを発見した。ひとつには、ASL(アメリカ手話)を使うと、英語よりも遥かに多くの詳細な情報を伝えることができる。例えば『ラプンツェル』の英語版はこうなっている。「王子はお姫様を探してはるばる北まで旅してきたのに、お姫様は南の暑さが好きではありませんでした」。同じ箇所が「ASL童話」版では次のようになる。「王子は北へ旅をしました。王子は寒いと感じました。王子はお姫様を探しました。お姫様を見つけました。お姫様が歩いていくのを見つめました。恋に落ちました。お姫様に、一緒に私の国まで来てほしいと頼みました。お姫様は、『いやです。ここが涼しくて好きなの』と答えました。王子はがっかりして国に戻りました」

アメリカ手話の従来の教授法、つまり、概念を教えずに個々の単語を覚えさせる教え方では、上記の事例のような文章の豊かさが大きく失われてしまう。三次元での視覚化も行われないだろう。ASL童話では、子どもたちにお話全体の手話映像が提供される。それが物語を豊かに肉付けするだけでなく、子どもの想像力を引き出す。このように三次元で考えさせる手法は発達障害のある子ども向けのコミュニケーション技能発達のための手法となるし、少なくとも理解力を育てる方法となりうるだろう。

ローリーによれば、英語を話さなくても人にしてもらったお話は理解できるので、ASL童話は、親が子に本を読んでやるときの選択肢の一つになる。子ども時代に親から本を読んでもらって育つと、後の読み書き能力が高くなることはよく知られている。学習に困難を抱える子どもの多くは、言葉と、その言葉の持つ意味とが結びついていないことが多い。従って、こうした子供たちが文章を読むときは、ほとんど、あるいはまったく理解しないままに、単語を一つひとつ読んでいくことになる。ASL童話はそのギャップを埋めるためにわざわざ回り道をして、その言葉が意味するものを子供たちが視覚化するよう促す、とローリーは述べる。例えば「うさぎ」と言葉にするときには、頭の中にうさぎの絵を浮かべられるように。ローリーは、運動感覚のトレーニング、視覚と触覚の融合、そして視覚を通じた学習手段がすべての子どもに提供されたら、学習自体の可能性が飛躍的に高まると見ている。それを実現するため、ASL童話はこれまでに10の言語に翻訳されている。

「世界は言葉で作られる」というランドマークワールドワイドの概念は、ローリーのASL童話プロジェクトのアイデアとも方向性が一致している。結局、人が「空が青い」ということを知るのは、色の呼び名を学んだだけではなく、同時に空を見上げてその青さを見たからなのだ。

ローリーによると、今の一般的な「ろう教育」では、子供たちは手ひどい失敗を経験しない限り手話を学ばせてもらえない。ピンキーの事例においてもこれが明らかだ。ローリー曰く、人間が言葉を作りそれを習得することができるのは、コミュニケーションに対する欲求があるからだ。人が言語を習得するのは、意思疎通の魅力または必要性のゆえである。ところが、聴覚障がいを持つ子どもたちが言語をうまく学んでいないように見えると、今の教育ではどうするだろうか。まず言語習得能力のピークが過ぎ去るまで待たせる。それからおもむろに、正確な手話を使わない人たちと交流させる。そして子供たちは、言語の持つ豊かさを一度も体験しないままになる。

 

ASL童話が(動画で)手話サインだけでなく本の挿絵まで見せているのには理由がある。手話だけを習った子どもは、実際に日常のどの場面で手話を使うかをまったく教わっていないからだ。ローリーの見解はこうだ。手話だけを習った子どもたちが意思疎通にあまり手話を使わないのは、個々の単語は理解していても、その言語全体としての概念を本当には掴んでいないからだ。英語を話せる人がアメリカ手話を学ぶ場合、大抵の人は、文法は同じだろうと思っているが、実際には異なるのだ。ASL童話は、言語の概念を完全には習得していない子どもたちが抱えるギャップを埋めてくれる。

 

ローリーがASL童話を通じて提供するのは、聴覚障がい者専用の意思疎通手段ではない。健聴者のコミュニティに対しても、聴覚障がい者との意思疎通手段を提供しているのだ。ローリーは、ASL童話について話す際に、「聴覚障がい者のためのプログラムです」とは紹介しない。ASL童話はあらゆる人を対象としたユニバーサル・コンセプトに基づいて作られているからだ。そしてもちろんローリーの心の奥底には、聴覚障がい者のコミュニケーションに大変革を起こしたいという願いがある。ローリーの今の不満は、書店がASL童話を障がい者向け書籍棚に並べてしまうことだ。目下の課題は健聴者のコミュニティに、ASL童話プログラムをひとつの教育ツールとして認識させることだ。

 

ASL童話がどんな子どもにも役に立つという事実――天才児にも、第二言語として英語を学ぶ子やアメリカ手話を使う子、自閉症を持つ子、普通の子、難民として移住してきた子にも有効であるという事実は、誰もが誰とでも話すことができるという可能性を示している。アメリカ手話が使える子は実際、特別支援を必要とする子とも、天才児とも、その他誰とでも話ができる。ローリーは、子どもたちの脳を活性化させる手段やモノは多い方が良いと言う。国語の授業において、「文字は教えたから、色は教えなくても良いでしょう」とは言わないだろう。しかし場合によってはそのようなことが実際に起きていて、それで言語を習得できない子もいるのだ。

 

子どもは、妖精のお姫様のような衣装を着せたお人形で遊んでいるとき、頭にあるシナリオから物語をさまざまに展開させていく。だが多くの場合、頭の中の世界を言語に表現することができない。アメリカ手話やASL童話は、外に向けてコミュニケーションできる、何か生き生きとしたものを子供の心に育んでくれる。

 

「ASL童話」プロジェクトについてのゴールを尋ねると、ローリーは次のように語った。

「目指しているのは、『ASL童話』が全米図書賞を受賞する、オプラの番組で紹介される(訳注1)、全米の図書館に置かれる、などです。達成したい目標はたくさん持っていますよ。アメリカ手話の素晴らしさが、耳の聞こえる子どもからもその親たちからも高く評価されるようになることもそのひとつです。そうなったとき、親戚や知人に聴覚障がいを持つ赤ちゃんが生まれたとしましょう。赤ん坊の親に対して、『耳の聞こえないこの子だけは、アメリカ手話を教えずに育ててみては?』と勧める人がいたら、「何と愚かなことを言うのか」と皆が呆れるようになっているのです。この子たちはまだ人工内耳のインプラントや口話法教育(訳注2)を受けているかもしれません。でも、ASL童話は手に入るようになっています。『みんな読んでいるのだから、耳の聞こえない子が読んで何が悪いの?』という空気が生まれているからです。現在、「ドクター・スース」(訳注3)を子供に読ませない人はいませんよね? ASL童話もそのくらい素晴らしい本にしていくつもりです。

 

私はひとつの意図を提供し続けています。それは、健聴者の間でのアメリカ手話に対する理解の仕方が大きく変化する、それによって耳の聞こえない子どもたちがアメリカ手話を手に入れやすい環境が整う、という意図です。そうなれば流れに逆らって進む必要はありません。新たな方向の潮流が生まれていますから」

 

訳注1 オプラ

オプラ・ウィンフリー(1954-)米国のトーク番組の司会者、テレビ・プロデューサー、女優。児童福祉の分野の社会活動家としても有名。

 

訳注2 口話法

ろう教育における言語指導法のひとつ。手話法に対する。残存聴力を活用して聞いたり話したりする能力を身につける方法。ろう教育において、古くから手話法による指導と音声に基づく口話法の指導の是非について議論がなされてきた。

 

訳注3 ドクター・スース(1904-1991)

本名セオドア・スース・ガイゼル、アメリカの絵本作家。本名に加えDr. Seussのペン・ネームで、韻を踏んだ子ども向けの物語”The Cat in the Hat”、”Green Eggs and Ham”、”How the Grinch Stole Christmas”などを書いた。欧米の子どもたちは彼の本を読んで育つと言えるほどの人気絵本作家。

 

ASL童話に出演しているピンキーは、健聴者のコミュニティから聴覚障がい者のコミュニティに対して、手話に関する問い合わせを投げかけてほしい、と言う。ピンキーによれば、資金力のある企業がアメリカ手話を、単に英単語を指文字に変換したものとして教えるプロジェクトで大成功したため、アメリカ手話を本当の意味で理解できるチャンスは逆に減っているそうだ。

 

ピンキーは子供時代に善意の健聴者によってアメリカ手話を学ぶ道を閉ざされたことがある。それゆえ健聴者全体に激しい怒りを抱いていた。ピンキーは言う。「他の子どもたちにはそんな思いをしてほしくないのです。私はランドマークワールドワイドから、健聴者をより『深く聴く』ということを学びました。ランドマークワールドワイドとASL童話が、健聴者が私をより深く聞く上で助けになってくれることを私は望んでいます」

 

ローリーは、言語スキルをほとんど、あるいはまったく持っていなかった子どもたちが、ASL童話の動画を観て人と意思疎通する方法を発見した、というような感動的な逸話をいくつも持っている。最近ASL童話を読んだ読者は、次のように語る。

 

「ASL童話チームの皆さんは、一度にひとりの人の人生を変えることを通して世界を変えています。皆さんが私にして下さったことは、すべての子どものコミュニケーションの役に立つことです。これは、さざ波のように大きく広がっていくでしょう」

 

詳細はASL童話のサイト(英語)へ。

【関連動画】
すべての人に手話を!  (ランドマークワールドワイド卒業生より)

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