トランスフォメーションを運ぶ巡回トレーラー

2017年10月16日

著者 ミンディ・サリバン

モーリス・チャブは、発明する能力も創造力も、実は常に自分の中にあったのに、間違うことへの恐れからそれを抑え込んでいた、と言う。人生では常に用心深く、何かを考案してもそれを思い切ってどこかに出したこともない。

モーリスが通っている教会は、ホームレス状態に陥った人のための輪番制の一時宿泊施設(シェルター)になっていた。他の教会と交代で、一年にひと月ずつ、住むところを失った人々を15名受け入れる。家のない人々は、ここに滞在中は温かい食事を得て、くつろぎ、教会の信徒たちと話ができる。モーリスは、まだ足りていないものがあると聞いた。滞在者たちが一日のかなりの時間を使って、身体をきれいに洗える場所を探しているというのだ。ほとんどの教会には滞在者が利用できるシャワー施設は無かった。教会の集会に参加したモーリスは、ホームレスの人たちがシャワー探しに長い時間を費やさなくてもよくなるように、シャワーを提供するには何が必要なのかという点に興味を持った。彼は移動式のプラットフォームにシャワー設備を設置できることを知っていた。それがあればシャワー設備を、輪番制のどこのシェルターにだって、ホームレスの人たちが野営している場所にだって直接運んでいくことができるではないか。

モーリスは自分のアイデアに興奮し、「誰かがこれをするべきだ!」と思った。そしてその「誰か」が自分ではないことも、彼には明確だった。

2013年の終わり近い頃、モーリスはランドマークフォーラムに参加したことのある人と面談し、その人のビジネスをモーリスがどう助けられるかという話をしていた。モーリス曰く、その商談はたちまちランドマークについての会話になり、モーリスは面白そうだと思ってフォーラムに申し込んだそうだ。

ランドマークフォーラムではリーダーが、モーリスに何で生計を立てているかと尋ねた。モーリスは、自分は会計士、公認会計士、CFO(最高財務責任者)であると答えた。フォーラムリーダーは「そうでしょうとも!あなたは、どの職業よりも『抑制と均衡』が重んじられ、間違えないように用心深くあることが要求される職を選びましたね!」と言った。

モーリス・チャブ氏
福祉団体「プロジェクト・ウィホープ」理事長

モーリスは、自分の「用心深い」というあり方は、4歳のときの父親とのやりとりからの直接の結果であることに気づいた。父のために何かをしてあげようとしていたのに父親はそのようには取らず、その結果、大きな騒ぎになってしまった。モーリスは、それに対する罰を受けながら、こう決めた。「面倒を起こしたり、正しくやらなかったりしたら、最も近しい人から愛されなくなり認められなくなるのだ」。そんなわけで、モーリスは何事についても常に用心怠りない。仕事では大変な成功を収め高収入を得ていたが、何かのために自ら立ち上がったり、変化を作り出したりしたことは、今まで一度もなかった。

ランドマークフォーラムの中でモーリスは、その全てが、ただの物語だということ気づいた。実際に起きたのは、父がカッとなった、ということで、それはモーリスとは何の関係もなかったのだということを掴んだ。モーリスはいつだって、父の愛する息子だったのだ。

ランドマークのアドバンスコースや自己表現とリーダーシッププログラム(SELP)に参加しているうちに、モーリスは、住むところのない人々のための自分のあのアイデアは、素晴らしいどころか実行可能である、ということに気づき始めた。つまり、以前言っていた「誰かがやるべきだ」の誰かに自分がなってしまったのだ。

モーリスは、有名なバイオリニストであるヤッシャ・ハイフェッツの言葉に感銘を受けた。「1日練習しなければ、自分がその違いに気づく。2日間練習しなければ、批評家がその違いに気づく。3日間練習しなければ、聴衆がその違いに気づく」

それでハイフェッツの言葉をこう言い換えた。「1日シャワーを浴びなければ、自分がその違いに気づく。2日間ならば、家族がその違いに気づく。そして3日間シャワーを浴びなければ、世間がその違いに気づく」

モーリスには、人生の最初の20年間をホームレスとして過ごしたことのあるチャールズという友人がいる。チャールズは今はサンノゼ市の「シティチーム*」の男性用シェルターのマネジャーを務めている。彼がモーリスにこんなふうに言ったことがある。「ホームレス時代の僕だったら、君の半径3メートル以内には立たないようにしたはずだ」。これがモーリスを動かした。モーリスは言う。「ホームレスの人たちも私たちと同じく自分の身体の衛生状態にとても敏感です。それどころか、多くのホームレスの人は、身体的な衛生状態の悪さのために、完全にパワーを失っています。つまり、仕事を探せない、医療サポートや精神衛生上のサポートを求めることができない。事実、何もできなくなってしまうのです」

*訳注) 「シティチーム」は貧しい人やホームレスの人を支援する福祉団体

このプロジェクトを創作しているときにモーリスは、トレーラーの上になら、シャワーと洗濯機の両方を設置できると気づいた。さらに、洗濯中の着替えとして予備の衣類も用意することに決めた。モーリスは、単なるシャワーと衣類の洗濯だけで、その他の大抵のことよりもずっと大きなトランスフォメーションを起こせると信じている。路上で暮らす人々の中には諦めきっている人もたくさんいる。シェルターを探すことすらやめてしまった人もいる、とモーリスは言う。

「ディグニティ・オン・ホィールズ」
シャワーと洗濯機を搭載したトレーラー
サンマテオ郡とサンタクララ郡のホームレスの方々にお届けします。

モーリスは自分のプロジェクトを「ディグニティ・オン・ホィールズ」(DOW)と名付けた。ホームレス状態にある人たちがディグニティを、すなわち人間としての誇りを取り戻したと感じられるプロジェクトだと信じているからだ。DOWのトレーラーがレッドウッドシティ*に姿を現してからわずか4か月後には、同市が属するサンマテオ郡の郡政執行官が「トレーラーが来るようになったことで、ホームレスの人たちの行動が大きく変わってきた」と述べた。モーリスは、ホームレスの人たちがシャワーを浴びて清潔な服に着替えた後に「これなら就職の面接に行けるな」と言うのを聞いたことがあるそうだ。トレーラーには、衛生キット、生理用ナプキンがあり、また、ホームレスの人たちに、郡が提供するその他のサービスを紹介できるケースマネジャーもいる。

*訳注) カリフォルニア州中部サンマテオ郡の都市であり、同郡の郡庁所在地。

DOWは、過去にホームレス状態に陥ったことのある人々をトレーラーのスタッフに採用している。スタッフたちは自身もホームレスだった経験があるため人に思いやりと共感をもって接するので、今現在ホームレス状態にある人たちが、親身に話を聞いてもらった、分かってもらったと感じられるのだ。モーリスは、ホームレスの人々が人を信用しないことはよくあると言う。DOWではホームレスだったことのある人がスタッフとしてサービスを提供するので、ホームレスの人々は安心するし、見下されたと思わずにサービスを受け入れることができる。そうすると、「DOWなら信頼できる」と口コミで伝えてくれる。

以前はモーリスやDOWに対して異を唱える人が2人いた。

そのひとりはホームレスのシェルターの提供者で、モーリスにこう言った。「パロアルト市*のオポチュニティセンター**にはホームレスの方々のためのシャワーと洗濯機がある。自立に向けた支援サービスも提供できるので、ホームレスの方々には私たちのところに来てもらいたいのだ」。ところがホームレスの多くは、わざわざオポチュニティセンターまで行かない。そこの受け入れ状況がとても無力感を感じさせるものだからだ。1年半後にはこの反対者も、週末にオポチュニティセンターに来て人々にケアサービスを提供してくれないかとDOWに依頼してきた。

訳注) * カリフォルニア州サンタクララ郡にある市
    ** 貧しい人やホームレスの人を支援する福祉施設

もうひとりの反対者はサンマテオ郡の郡政執行官だった。彼はモーリスにこう言った。「あなたがやっていることは、ホームレスのいるところまでサービスを配達することで彼らがホームレスのままでいられるようにしている。彼らは何も自分でしなくなる」。この郡政執行官も1年後には、心から気にかけている恵まれない人々にケアサービスを提供するために、DOWにサンマテオ郡のハーフムーンベイ市まで来て欲しいと頼むようになった。

このプロジェクトがまだ形成段階だった頃、モーリスは地域社会に入っていって自分が何を成し遂げたいと思っているかを話して回った。モーリス自身も、イーストパロアルト市でホームレスのためのシェルターを運営する地元NPOの理事会メンバーだった。このNPOとの関係と、ホームレスの人々のために仕事をしたことがあったおかげで、モーリスは自身が通っている教会での最初の会合に招かれたのだ。

そこのNPOの責任者は牧師だった。モーリスが自分のアイデアを伝えると牧師は「実に将来性のあるアイデアだ!」と言った。DOWが誕生したのだ。2015年の春までには、モーリスたちの志に感銘を受けた人々から約10万ドルの寄付金が集まっていた。その後モーリスは教会で、この変革のアイデアに匿名で寄付したいという男性がいると聞かされた。その人は偶然にもモーリスの知人であると分かり、モーリスは直接話すことにした。その人は「モーリス、妻と私は経済的にとても恵まれている。あなたのこの素晴らしいプロジェクトに、そこからいくらか差し上げたい」と言い、20万ドル寄付した。こうして集まった30万ドルは、1台目のトレーラーを製作して2年間の運営費を賄うのに十分な額だった。こうして「ディグニティ・オン・ホィールズ」(DOW)は、2015年の秋に1台目のトレーラーが納車されたときに現実となったのだ。

しばらくしてから、ディグニティ・オン・ホィールズを支援してくれた人々を招いて朝食会が催され、そこにシリコンバレーの裕福な開発業者が出席していた。モーリスは、朝食会は素晴らしかったが、開発業者が全く話に注意を向けていないことに気づいた、と言う。開発業者は代わりにiPadをいじっていたのだ。後から分かったのは、このとき開発業者は、ある大きな市の市長に連絡を取って、DOWは貴市のために良いものだと思うと伝えていたのだった。開発業者は朝食会が終わる頃にはDOWのために2台目のトレーラーを約16万ドルで購入していた。そして彼が連絡していた大きな市の市長は、そのトレーラーの運営費をすべて支払うと約束してくれた。

今日までにプロジェクトは約150万ドルの支援金を集めた。現在3台目のトレーラーを製作中だ。また、ある著名なソーシャルメディア企業からも助成金提供の話があり、それによって4台目のトレーラーも手に入るだろう。DOWは、オークランド市*のために、全焼したアパートの何人かの住人の救済活動も行なった。オークランド市とアラメダ郡は、DOWがホームレスの人々にどのようなことを提供できるか分かってきたので、DOWとの契約を望んだ。その流れにハーフムーンベイ市が続き、それが南はモーガンヒル市にまで広がっていった。DOWは4時間のシフト制を敷いて、次の場所に移動するまでの4時間で最高24人の人にサービスを提供することができるのだ。そしてモーリスが意図しコミットしていることは、同じ場所を週2回訪ねることである。ホームレスの人に、少なくとも週2回のシャワーが提供されて然るべきだと思うからだ。

* 訳注) カリフォルニア州アラメダ郡の郡庁所在地

モーリスはまた、自分のコミットメントはコミュニティセンターや教会との協働よりもさらに大きなことだと言う。彼はホームレスの人たちが野宿しているところまで出向いて行きたいのだ。モーリスは、私が行きたいと思う地域にはまだ誰も行ったことがない、と言う。トレーラーは完全に自立して動ける。水も発電機もプロパンガスも装備されている。DOWは、ホームレスになった人々が暮らしている湿地帯に入っていく能力を持っているし、そここそが、モーリス自身が「呼ばれている」と感じている場所だ。これを最も必要としている人に届けたいのだ。課題は、多くのホームレスの人たちが容易には信用してくれないことだ。トレーラーが何度か定期的に訪れた後に、やっとDOWを利用してくれるようになるだろう。

モーリスは、ランドマークフォーラムの中で、人生の物事の原因・引き起こし手として生きることを学んだが、ランドマークのプログラムが自分に与えた最も大きなものは声だ、と言う。今のモーリスは、いつでも、どこでも、誰の前でも、ホームレスの人たちについて語ることができる。以前は間違いを犯すことを恐れるあまり声を出したいとすら思わなかったのに、フォーラムに参加して、自分が4歳のときの出来事から物語を作り、その物語の中でいかに人生を締め出していたかを発見したと語ってくれた。モーリスは、今や何にも止められはしない。

モーリスの夢は、DOWのトレーラーを、スタッフの手配から市との連絡までを支援できるマネジャーを乗せて、郡内の主要な市すべてに配備することである。モーリスは、この地域にとってそれが本当の変革の経験になると信じている。

モーリスは言う。「何よりも大切なことですが、大きく夢を描くことを恐れないで下さい」

さらに詳しく知りたい方は、www.dignityonwheels.orgと次の動画をご覧下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=C6inTCJNyBQ

https://www.youtube.com/watch?v=y_qU6aXEfJI

 

モーリス・チャブ氏の「ディグニティ・オン・ホィールズ」後日談

2019年11月4日

「ディグニティ・オン・ホィールズ」
ホームレスの人たちの生活を再建する 一度にシャワーと洗濯を

モーリス・チャブ氏
福祉団体「プロジェクト・ウィホープ」理事長

私たちは2年前に、カリフォルニアに住むランドマークの卒業生、モーリス・チャブ氏の活動を記事にした。内容は、モーリスがランドマーク・自己表現とリーダーシッププログラム(SELP)のプロジェクトとして創作した、自分の地域のホームレスの人々が人間としての誇りを取り戻せるための、移動式のシャワーと洗濯乾燥機の提供活動についてだった。モーリスのプロジェクト、ディグニティ・オン・ホィールズ(DOW)は、カリフォルニアの非営利団体である「プロジェクト・ウィホープ」*のプログラムのひとつになった。この非営利団体が力を注いでいるのは、「イーストパロアルト市とその周辺のサンマテオ郡とサンタクララ郡のコミュニティで、家を失くした人たち、ホームレスの人たち、そして危険にさらされている大人たちのための緊急の支援住宅シェルターの提供」である。ミッションは 「革新的なソリューションを活用して、人々が健康になり、職を得て、住居を持つことができるように支援すること」だ。

訳註) * “Project WeHOPE”は”We Help Other People Excel” の略。「私たちは他者が卓越することを支援する」を意味する。

ディグニティ・オン・ホィールズ(DOW)のトレーラーは、4時間を1セッションとして移動し、1セッションでシャワーなら最大30回分、洗濯機は最大14回まで提供できる。2017年初めの時点で、地域内で支援を必要としている人々に計4,803回の温水シャワーと1,680回の洗濯機利用サービスを提供した。私たちは最近、プロジェクト・ウィホープに連絡を取って、最新の情報をお聞きした。DOWから頂いたコメントは、以下の通りである。

「今、私たちは5台の移動式衛生ユニットを所有しており、カリフォルニア州ベイエリアの4つの郡と14の都市のホームレスの個人や家族にサービスを提供できるようになりました。現在はサンマテオ郡、サンタクララ郡、アラメダ郡、サンフランシスコ郡で活動しています。さらに、北カリフォルニア全域における、火災や洪水時の救援活動も行なっています」

「これまでに、シャワーは3万5,000回以上、洗濯機は1万3,000回以上使っていただきました。来年はロサンゼルスにまでサービスを拡大する予定です。2020年の初めには、保有車両も増やす予定です」