「レンズ」を通して見る世界は、動かしがたい現実か、 それとも発明への入口なのか?

ランドマークワールドワイド
ブレークスルーテクノロジーコースリーダー
デイビッド・カニングハム

「子どもの頃、いつも不思議だった。眼鏡をかけた子は世界がもっとよく見えるのかな、それとも少しだけ違う世界が見えているのかな・・・。どんな現実であれ、私たちがそれを通して見るレンズによって形作られている。誰もが生まれたときにいくつものレンズを受け継ぐ。すなわち遺伝、ジェンダー、固有の文化、家庭環境の様々な違いなどで、これらすべてが私たちの現実という感覚を構成する。後になって振り返ると、我々は人生を自分の本質から生きるというよりもむしろ、自分が使ってきた様々なレンズが見せる現実像から生きてきたらしい、ということが分かる」 *

*ジェイムズ・ホリス著『ミドル・パッセージ 生きる意味の再発見』より引用(インナーシティブックス社より1993年に出版)(和訳は、コスモスライブラリー社より2008年に出版)

 

吉報を告げよう。私たちの行動が相関しているのは、そういった様々なレンズがもたらす何らかの現実の方ではなく、世界が私たちにどう「起きてくる」のか、である。古い現実は固定しているわけではないとして、様々に立ち位置を変えてみると、私たちの興味は、それは一体何であり得るか、そこから何を想像できるか、へと移っていくだろう。「現実」とは、言語の中に立ち現れる現象だ。言語は、究極の現実であると同時に、現実をもたらす媒体でもある。現実「そのもの」や固定した現実など、ありはしない。

あるのは、私たちがそれをどう見てどう言うか、それだけだ。つまり、どこまで掘っても解釈なのだ。「自分が誰であるか」を構築するのは、言語、つまり私たちが(他者や自分自身や世界全体に関して)言っていることだ。このことをこれ以上ないくらい深く掴んだら、「何が可能か」の質そのものを変化させることができる。自分についての考え方が変わるだけでなく、自分という人間を実際にどう体験するか、どう表現するかまでが変わる。言語は「自分が誰であるか」と切り離すことができない。そして言語が、人間の本質、人間であることの全領域へのアクセスを与えてくれるのだ。

 

 

 

 

デイビッド・カニングハム
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