記事「笑い声があがる度に世界がトランスフォームする」

Transforming the World – One Laugh at a Time Mindy Sullivan
「笑い声があがる度に世界がトランスフォームする」

著者 ミンディ・サリヴァン

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カリフォルニア州ロサンゼルス近郊の町コンプトンは暴力沙汰と低所得世帯の多さとで知られていた。壁には人種差別的な中傷が書きなぐられ、ギャング団が縄張り争いをしていた。この1993年6月のとある日、対立していたギャング団クリップス及びブラッズのメンバーと、ロサンゼルス市警の警官たち、そしてロサンゼルスの公立校学区に属する教師たちが一堂に会してランドマークワールドワイドフォーラム(*1)に参加した。通常のランドマークワールドワイドのブレークスルーテクノロジーコースにはサポートでボランティアが来るのだが、このときは代わりに警備員が配備された。開始直後それぞれの陣営から卑猥な言葉や中傷が飛び交い、会場が混乱に陥りそうになったとき、ランドマークワールドワイドのブレークスルーテクノロジーコースリーダーのジェローム・ダウンズ氏が椅子の上に立ち上がってこう言った。「これだから皆さんのコミュニティはうまくいっていないのです!」
*注釈1 日本ではブレークスルーテクノロジーコースの名称で提供

いがみ合うギャングたちが席につき、この町で開かれる第2回目のコミュニティ向けランドマークワールドワイド・ブレークスルーテクノロジーコースが前進し始めた。セッションが完了する頃には、ギャングたちは握手を交わす仲になっていた。まさに奇跡だ。そしてアーニー・Gの人生も永久に変わってしまった。これが彼のランドマークワールドワイド・ブレークスルーテクノロジーコースだった。

アーニーは、本名エルネスト・トマス・グリツフスキーと言い、イーストロサンゼルスの北部で、シングルマザーに育てられた。アーニーは自身のことを貧しいメキシコ人の子だと思っていたが、名字がロシア系だったため、メキシコ人コミュニティの中では浮いてしまった。滅多に家にいない父親には、全員母親の違う子どもが6人いた。ここで生きていきなくてはならず、かつ周囲からは浮いている。その中でアーニーはいつしか、彼いわく『カメレオン』になっていった。つまり、どこにいてもその場に溶け込める人間になったのだ。一家の中で大卒はアーニーが初めてだった。ロヨラ・メリーマウント大学で心理学学士および副専攻としてメキシコ系アメリカ人研究を修めたが、その学位を使って自分が何をしたいのかは全く分からなかった。

ランドマークワールドワイドのブレークスルーテクノロジーコースから1年後、カルフォルニアのサニーベールで、ランドマークワールドワイドの「ブレークダウンシリーズ」に参加していた時、シリーズディレクターのジェーン・ジマーマンがアーニーにこう言った。「本当はエンターテイナーになりたいくせにならないとしたら、それは世界から自分という人間を奪っているということよ」と。このシリーズプログラムの最終セッションでアーニーは、数分間スタンダップコメディ(*2)をするよう依頼された。それが彼のコメディアンとしてのキャリアのスタートになったのだ。
*注釈2 一人で行なうコメディトーク。漫談。

数年間スタンダップコメディアンとして巡業した後、アーニーはコミュニティに真に違いを創り、繁栄をもたらすコメディを創作しようと決めた。この可能性を宣言してから8日後には、ウエスト・ヒルズ地域短期大学からテレビCMの出演依頼が来ていた。ラテン系アメリカの学生を勇気づけ進学を促すためのCMだ。その年、アーニーはヒスパニック・カレッジ基金の全米スポークスパーソンとなった。今も高校や大学で講演を行い、大学への進学や授業への積極的な参加などを呼びかけている。

アーニーは自分のコメディに感動や励ましを織り込もうと考えていた。当初コメディアン仲間からは冷ややかな目で見られたが、彼にはこれこそが自分の本当にやりたいことだと分かっていた。アーニーはラテン系アメリカ人の公民権運動の大手団体NCLR(National Council de La Raza)のイベントで、1500人の経営者や組織の代表者たち向けの10分間のスピーチを頼まれた。彼は自身の物語を面白く感動的に語った。わずかだった持ち時間は延長されて56分間になった。聴衆が舞台から降りることを許してくれなかったのだ。持参した40枚のCDは完売となり、彼のキャリアは大きく前進し始めた。ラテン系アメリカ人は、「白人と同じくらい有能」を目指すどころか、もっと大きく伸びても良いのだ、と力づけたのだ。アーニーは、一人ひとりが最高の自分になれるようにと人を応援する。アーニーは言う。自分の最大の貢献は、ラテン系アメリカ人の自己イメージ、および、ラテン系アメリカ人に対する世間のイメージをトランスフォームさせていることだ、と。

アーニーは「エンパワメント・コメディ」という新しい言葉を作った。切れの良いジョークを言い、人々の気持ちを前向きにさせる。彼のこれまでの契約先は、ディズニー、マクドナルド、ジェネラルミルズ、ペプシ、コカコーラ、ロサンゼルス市警察局、ボーイズ・アンド・ガールズ・クラブ・オブ・アメリカ、スペシャルオリンピックス、アメリカ合衆国財務省、アメリカ合衆国国勢調査局などだ。この驚くような経歴は、ランドマークワールドワイドのシリーズディレクターの一言がきっかけで始まった。アーニーは、人生にブレークスルーを引き起こし続けるため、今もシリーズプログラムに参加している。これはもはや彼の人生の一部となっているのだ。

自分をどんな人として記憶して欲しいかという質問に対して、アーニーは自分のモットーで答える。「為せば成る、すべて自分次第だ」。これこそアーニーが人々の中に呼び起こすものであり、彼の人生そのものだ。

以下のアーニー・Gのウェブサイトもご覧下さい。
www.ErnieG.com

ブレークスルーテクノロジーコースなどのセミナーに関する詳しい内容は、
ランドマークワールドワイドの公式サイトをご覧ください。
ランドマークワールドワイド公式サイト