可能性ーーステップよりもダンスのように

ランドマークワールドワイド

ブレークスルーテクノロジーコースリーダー

マナル・モーリス

ほとんどの人は自転車に乗れますが、なぜ乗れるのかを実際に知っている人はいません。エンジニアや自転車製造者たちにも、人間がどうやってバランスをとって自転車に乗っているかの「解を求める公式」は分かっていません。自転車が倒れそうになるのを立て直すための「正しい」ハンドル操作法はないのです。説明書や図解を見て説明を聞けば自転車に乗れるようになるわけではありません。自分でバランスを発見しなくてはならない、つまり混沌とした背景からバランスというものを区別して取り出さなくてはならないのです。すると、新しい可能性の領域が打ち立てられます。

私たちは普段から「答えを出す公式」を求めて物事を聞いているので、可能性にも公式があると思いがちです。私たちは公式から学びます。何が効果的か? どう進むのがベストなのか? どの知識を応用すべきか? いつ、どこで、どんな風に? 公式によって多くのことが達成されますが、可能性は違います。可能性は、黒か白かとか、正解か不正解か、正しいか間違いかというような明快な形で出てくるものではありません。一つの可能性の領域を創作したとき、それは時間と場所の中に存在します。現れるときは時間と空間の中に現れるし、そこから何かしらの公式の方向へと向かうでしょう。ですから「公式」というものに注目する価値はあるのです。しかしそれに囚われてしまうと、自らの力を奪ってしまうこともあり得ます。

 

新しい可能性の領域が(その領域に付随する存在の自由と行動の自由とを伴って)創作されると、それは私たちの人生の質に強い影響を与えますが、それは「公式」として存在している物事の与える影響とは大いに異なります。この新しい空間の中では、私たちが扱っている事柄は同じでも、それらが新しい現れ方をします。なぜなら、新しいパラダイムの中でそれを扱っているからです。公式の世界でバワフルであったことはすべてそのままそこにありますし、提供されています。しかし今やそれは、踏むべきステップ、手順ではなく、軽やかなダンスのように見えます。

 

マナル・モーリス

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