記事 偏見(スティグマ)を兵糧攻めに

人精神疾患を持つ母親の娘が、同じ苦しみを持つ人のために動きだす。自らを解き放つことで開かれた、ユニークな社会貢献への扉。                                                        

ブライアン・キーティング

コートニー・スミスにとって「偏見(スティグマ stigma)」は身近な問題だった。

スティグマという言葉を知ったのは大人になってからだが、コートニーには幼い頃から、自分の家庭はみんなのような「普通のうち」ではないのだということはわかっていた。

コートニーの母親は精神疾患を持っていた。幼かったコートニーは、自分の家で起きていることがよくないことだと思っていた。いつのことか覚えてはいないが、家庭のことは人には隠しておかなくてはならないと、固く決心した。その結果、他人からのあらゆる形の注目を嫌うようになった。今でも人から注目されるのが苦手だ。この癖がどうやってできたかを承知していても、自分に注目が集まるのを避けようとする衝動は今でも自然と湧いてくる。

こうしてコートニーはきわめて内向的になった。母親が精神病院に入院したのは8歳のときで、記憶にあるそれ以前の自分はとても社交的だったので、これは180度の変化だった。同時に、良い成績をとって良い学校に行き、良い仕事に就くことが、この家庭環境から逃れる手段だと心に決めた。10歳のときにはもう、家を出て自立するまで何年かかるか、指折り数えて待つようになった。こうして、オールAの成績を取ることが人生の最重要課題となり、成績がそれ以下だったら担任の教師に喰ってかかるほどだった。

コートニーは、輝かしい成績を修めることが未来のための最優先課題だと見ていたが、彼女にとっての未来とは、何になりたいかという夢ではなく、とにかく今の家庭環境から逃れるというものだった。同様に、自分が楽しめる趣味や何に興味があるかなどについては考えたことがなかった。考えたのは、就職して家を出るためには履歴書にどんなことが書いてあれば見栄えがするか、だけだった。自分はどんなことを楽しむのか、どんな職業に就きたいのかなどを、本当の意味で吟味したことは一度もなかった。卒業間際になってそのことに気づき、目の前が真っ暗になった。ただただ逃げ出したいという思いだけが、これまで自分の全てを支配していたのだった。

母親との生活は常に予測不能で、次に何が起きるか全くわからなかった。コートニーが学校から帰ってくると、母は一日中家で寝ていたという日もあれば、何日も、ときには何ヶ月も続けて家を空けたときもあった。

コートニーが母親を一人の人間として見ていたことは間違いないが、「病気を持った一人の人間」としては見ていなかった。大人になって精神疾患について学んだときにいちばん驚いたのは、精神疾患はとても深刻な本物の病気だということだった。それ以前は誰かに「お母さんは病気なのよ」と言われようものなら、コートニーは「でもひどい人であること変わりないでしょ!いつになったらそこに責任を取るの?」と言っただろう。母親は薬物乱用の問題も抱えていた。思春期には、「家族を愛しているならどうしてこんなことができるの?」と思っていた。しかし今なら理解できる。自分が持ったような疑問は、健康な人にすれば当然の疑問かもしれないが、精神疾患は、何かをする・しないの選択自体を非常に困難にし得る病気なのだ。

それを理解したのはずっと大人になってからだった。それまでに、母親と随分言い争いをし、深い溝も体験した。母親は、卒業パーティーに着ていくドレスの準備を手伝ってくれなかったが、それはコートニーが母親の出席を嫌がったからだ。大人として今振り返ってみると、自分がどれだけ母に辛く当たったか見えるし、母なりにベストを尽くしてくれたこともあったのが見えてくる。今、コートニーには支援ネットワークがあり、多くの人たちが精神疾患に関する体験を共有してくれるので、母が見せた数々の奇矯な言動も、精神疾患に固有のものであり、母に固有のものではないということが理解できた。病気とその人とを分けて見ることを学び、母親の症状と全人格とを同一視することがなくなった。

この認識は、精神疾患と向き合う人々を支援する「偏見を兵糧攻めにするプロジェクト」を創立したときに一つの支柱となった。コートニーはすでに、病気とその人とを分けて見ること、そして、病気以外にそれぞれの人の素晴らしい面をたくさん見つけていくことを学んでいた。そしてその人たちにも、その人たちが日々経験していることにも、優しさや寛容、慈悲をもって接するということも練習してきた。今振り返って気づくのは、以前の自分はこれらの気持ちを誰に対しても —— 自分自身に対してすら —— 持てないでいた、ということだ。

昨年、コートニーはランドマークフォーラム(ランドマークワールドワイド・ブレークスルーテクノロジーコース)という、個人の成長のための週末プログラムに参加した。その週末プログラムで気づいた一大事は、あれほど未来のことばかり考えていた自分なのに、実際には今いるところ以外は、一つも自分の未来像を思い描けない、ということだった。誰かに「40歳くらいになったとき、あなたはどんな人生を送っているのかしら?」と尋ねられても、40になった自分の姿をまるで想像することができなかった。16歳の頃から、今日学校から帰ったら母が死んでいるかもしれない、行方不明になっているかもしれないと思いながら暮らしてきたのだ。旅行や州外への引っ越しなど、何か計画を立てようと思っても、母のことが心配で計画を立てること自体を先延ばしにしてきた。未来の計画などやめて、とにかくその日その日に集中して無事に乗り切るのだ、その方が怒りや恨みが湧くのを避けられて楽じゃないか、と。

ランドマークワールドワイド・ブレークスルーテクノロジーコースの中で、現在の自身の言動の土台が、8歳のあの日に、動揺した子供が下した決断だったということをまざまざと見た。フォーラムはまた、自分自身に「私は人生で一体何をしたいのか」と問い始める助けにもなった。(この質問の答えはいま現在も模索中だ)。子供時代に自分が下した決断によって、今の自分が止められているのだと気づいたとき、その束縛から自分を解放することができた。そして、自分の将来について自由に考え、ゴールを実現するために自由に行動できるようになった。

もうひとつブレークスルーテクノロジーコースへの参加が助けとなったのは、プロジェクトを開始するために必要な行動を取り始めたことだ。昔なら、いくら良いアイデアが浮かんでも宝の持ち腐れで、そのアイデアを使って自分にとって大切なことのために行動したりはしなかった。今やコートニーは常に行動している。「偏見を兵糧攻めにするプロジェクト」の創設と拡大も、その中に含まれている。

自らの信仰についても、長らく、新しく何かを学ぶということはなかったのだが、ブレークスルーテクノロジーコースに参加し、自分のプロジェクトを立ち上げて以来、自分にとって大切な信仰上の概念である『赦し』 や『水に流す』などをどう実践するか、日々研鑽するようになった。また、寛容や愛を持ち込むことが理屈に合わないような状況に、それらを持ち込むことも、学んでいる最中だ。これらを通して、神との精神的なつながりを育てている。自分が「神を信じます」と言いながら、過去に起きた望ましくない事柄を引き合いに出し、今後も、望むような良いことは起きるはずがないと思っていたことにも気づいた。神への信頼とはまるで矛盾している。いまでは心から「神様が取り計らってくださると信頼している」と言い、そしてそれはそのままにしておけば良いのだ、ということを理解している。

コートニーはブログ(www.dontfeedstigma.com)を開設し、精神疾患についての体験談を定期的に投稿している。開設以降ブログの読者は劇的に増え、直近の投稿は500以上の閲覧数を記録した。彼女は自らの体験を、直接の知り合いに限らずそれよりも広い範囲にシェアしている 。彼女は今や本当に自由だ。今こうして世界に自分の歴史をさらけ出した以上、もはや隠れる必要も、なかったフリをする必要もないからだ。

コートニーは、自分たちの体験談を広め、かつ、グーグルハングアウトというアプリを使ったオンラインミーティングを開催するチームを作り始めた。また、プロジェクトを始める前であれば会いに行く勇気すらなかったような組織や団体を訪ね、パートナーシップを構築している。最近ではフロリダ州サラソータ市の湾岸行動保健所の職員を訪問した。そして、その地区の専門家団体が出席する月例会の場で活動を発表することが決まった。コートニーは今、どんどん新しいつながりを作り、大胆な新しい行動をとって自分の活動に弾みを生み出している。

コートニーはグーグルハングアウトを利用した対話を増やすことが、このプロジェクトの影響力や範囲を広げる早道だと感じている。彼女は、精神疾患についての団体の多くが、ソーシャルメディアの活用の仕方に頭を悩ませていることを知っている。テーマがデリケートで、時として非常に難しいものになるからだろう。自分なら、そうしたオンラインでの対話に軽やかさを持ち込んで会話を活気づけ、適切な場面ではユーモアさえ添えられるとコートニーは考えている。彼女はまた、地方組織や団体にとってグーグルハングアウトは、地元とつながって住民の関心を発見するための手軽で低価格なツールになると見ている。改めて問い直されることのなかった問題や日の目を見なかった課題に働きかけることができるからだ。非営利団体に勤務しているコートニーは、草の根団体が直面する諸事情に明るい。彼女はいま、そうした組織がより多くの人々に手を差し伸べられるように、自分が技術面で手助けできる日が来るのを心待ちにしている。

精神疾患をめぐる偏見(スティグマ)の問題に関するコートニーの見解はこうだ。精神疾患は放っておいたら消えて無くなるものではないから、それについて敢えて無知のままに止まるというのは決して得策ではない。自分も今や精神疾患がどれだけ一般的なものなのかを理解するようになった。誰しも一旦それを認めてしまえば、精神疾患を隠すために膨大なエネルギーを費やすことのバカバカしさが見えてくるだろう。「精神疾患はその他全ての病気と同じく、一つの病気なのです」とコートニーは言う。また同時に、それぞれが自発的に調べてみることを勧めている。「何に対しても正しい知識を身につけることは、その対象を恐れず済む一番の近道ですから」

コートニーはグーグルハングアウト上のトピックスに常に耳をすませている。精神疾患のどのような側面が人を脅(おびや)かしているのか、人々がどのような疑問を持っているのかを知りたいからだ。コートニーのプロジェクトについての詳細、参加、支援の輪への協力は、 www.dontfeedstigma.com をご覧ください。

 

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