記事 コンテクストのパワーと創作する勇気 著者:ジョー・ディマジオ( 医師、ランドマークワールドワイド・ブレークスルーテクノロジーコースリーダー)

コンテクストのパワーと創作する勇気

著者:ジョー・ディマジオ
医師
ランドマークワールドワイド
ブレークスルーテクノロジーコースリーダー

ビル・バックナー一塁手の脚の間を球がすり抜けた瞬間、ニューイングランドの観衆の口から一斉に失望のため息が漏れた。メッツファンは抑えきれない歓声で沸き返る。そしてすべてが終わり、沈黙だけが残された。1986年、ワールドシリーズ第6戦を観戦しに地元の居酒屋に詰めかけた客たちも、チームの敗北に突如険悪な気分に陥り、テーブルに金を置いて立ち去った。ボストン中が長らく待ちこがれたワールドチャンピオンの座は、すぐそこまで来て、素通りしていった。レッドソックス・ファンの胸に残されたのは、第7戦目も負けは必定だという悲しい確信と、今年の優勝は不可能だというさらなる証拠だけだった。

レッドソックスに勝ち目はなかった。チームも、ファンも、このような敗北の痛手から立ち直っていなかった。レッドソックスは過去にも勝てなかったし、これからも勝てやしない、と。1

スポーツファンたちは、試合や選手やシーズンに執心しがちである。堂々とした選手たちこそが、彼らの英雄なのだ。選手たちはその偉大さを見せつけ、その一翼をファンに担わせてくれる。しかし、ボストンでは違う。何年もの間、レッドソックス・ファンが抱いたあらゆる淡い希望――今回は勝てるかもしれないという想いは、チームの連敗記録によって打ち消されてきた。街でも、学校でも家庭でも、地元政治家の間でさえ、レッドソックスは勝てない、という会話が蔓延していた。1918年にベーブ・ルースをヤンキースにトレードしたのがケチのつき始めで、以来、どうやってもトップに返り咲けないということを、人々は「分かっていた」。レッドソックス・ファンにとってこの状態は、つらく厳しい現実――動かしようのない事実、であった。人々は、「レッドソックスは勝てない」というコンテクストですっぽり覆われていたのだ。(幸いなことに、私自身はヤンキースファンだ。)

私たちは、コンテクストを「基本的な前提の集合」と定義している。それは前提として認識されてはいない前提であり、問い直されることなく通用する。そして世界は、コンテクストの内側で立ち現れる。人類が「地球は平らである」と考えていた時代(使い古された例え話だが、今なお有効だ)には、それがその時代のコンテクスト、もしくは世界観になっていた。そしてその時代の人間の知覚や行動を制限していた。例えば、水平線というものがどのようなものとして見えるか、航海するときどれくらい海の端まで近づけるか、などを限定していたのだ。現代に生きる私たちも同様だ。男としての、または女としてのあり方や、それによってどのような可能性が手に入るのかなども、今の時代のさまざまな前提から、与えられている。コンテクストが規定する前提は、今私たちがその中で生きている、文化や言語や時代の中に埋め込まれている。例えば、今日のアメリカで生まれた女性が受け継いでいる、女性であることに対するさまざまな可能性は、1930年代や40年代に生まれた女性が受け継いだそれとは大きく異なるだろう ―― インターネットの業界で大成功するとか、大統領選に出馬するといった可能性を考えてみれば分かる。

「今、自分が真実だと思っているさまざまな前提の内部で、世界全体が発生する」という仮説に立って(そして、実際にそこから物事を見て)みたら、コンテクストがどれほど強大な決定権を握っているかが明白になるだろう。コンテクストは自動的に与えられ、私たちは基本的にコンテクストの存在や浸透力に気づかないままに人生を生きていく。ちょうど、馬がつける「目覆い」をしているようなものだ――私たちは目覆い、つまりコンテクストそのものは見ておらず、そのコンテクストが見せてくれるものだけを見ているのだ。このような自動設定のコンテクスト群が、私たちの世界観を規定する。つまり、このコンテクストが、何が可能で、何が可能でないか、何が真実で何が嘘であるか、何が正しくて何が間違っているかも、そして自分に何ができて何ができないと思うかも決めるのだ。これは、自分の行くところはどこにでもついて来る。どこにいようともコンテクストが、私たちの行動や、選択や、人生を形成している。

あらかじめ与えられたコンテクストが人間を一定の限界内に縛り付けることがあると同様に、自分で創作した、または発明したコンテクストも、私たちに自由やパワーを与えることができる。ただし、一つのコンテクストを別のコンテクストに取り替えればよいとか、より良いコンテクストや正しいコンテクストを見つけよう、という話ではない。自分が、今現在、どんなコンテクストの中で生きているのかに気づき、そのことに責任を取り、そして自分には、コンテクストを発明するだけでなく、さまざまなコンテクストの間を自由に行き来する力もあることを認識する、ということだ。

歴史を見れば、新しいコンテクストが作られた結果、飛躍的な進歩が可能になった例は数多くある。「民主主義」「平等」「相対性理論」「人間の権利」などの、世界に対する新しい理解の仕方は、ある時点でコンテクストとして新しく区別されたのだ。よく言われるように、人類はコペルニクス的転回によって、突然宇宙の中心から転がり落ち、近代天文学と科学革命の時代へと誘(いざな)われた。ニュートンが重力を発明し、人類が物理的宇宙をより良く理解し効果的に対応できるようにした。(確かに、ニュートン以前にも物理的な力は働いていたが、その力の可能性をトランスフォームしたのはニュートンだ)。アインシュタインは相対性理論を創造した。それは現代物理学を大きく変化させた。りんごから惑星、銀河系、それ以上のスケールで、自然がどのように振る舞うのかを教えてくれるコンテクストのひとつだ。今日私たちが知っているような人権というものは、昔はなかったのだ。王は権利を持っていた。司祭は権利を持っていた。支配階級は権利を持っていた。しかし、人類の大多数は、特に社会の中の特定の集団は、権利を持っていなかった。どの時代にも、「現実とはこんなふうだ(こんなものだ)」とか「こうでなくてはならない」といった見方を突き抜けて、その先を見通した人、または集団がいた。その行為によって、そしてそれを発言することによって、物事のありようが新たに再形成され、それ以後の人間の経験が再定義された。そして私たちは、その新しい可能性の中で生き始め、世界の「真実」はトランスフォームした。

同じことが、人間という存在についても言える。私たちは、物事はある特定のあり方をしている、ということを当たり前のこととしてきた。周囲の状況や、文化、人生で起きるさまざまなコンテンツ(中身)が自分の経験を左右する、と考えてきた。そして、人生に変化を起こしたいときは、たいていは環境を変えようとする――基本的には、人生の中身をあれこれいじることになる(私たちが中身に駆り立てられる人生を生き、死んでいくのも、なんら驚くにはあたらない)。

発明したコンテクストから生きるときも、自動設定のコンテクストから生きるのと同様の影響力や支配力がある。しかし、違いは、自分の予想の範囲内の人生か、可能性からの人生か、の違いだ。「人間という存在であることにおいて、何が可能か?」という問いへの答えを、予め与えられたレンズを通して見る必要はない。今までの物事のあり方、または「こうでなくては」という考えに対しての、自分の古い前提を突き抜けて見てみよう。そして自らが選択するコンテクストを創作してしよう。それが、「何が可能か」という、それ自体の性質さえも変えてしまうのだ。そして、「私の」世界の真実までもトランスフォームする。

発明されたコンテクストは、本質的に、可能性の領域である。そして私たちは、ただ可能性を言葉にすることで、この領域を創作する手段を手にするのだ。言葉——すなわち私たちが「言うこと」は(声に出そうが出すまいが、一度であろうが繰り返そうが、または自分に向けたものでも、人に向けたものでも)、現実を形作っていく力を持っている。自分がしている会話が、自分がどういう人間であるかを形作り、それが世界との関わり方を転換させる。この転換は必ずしも、今までのレンズやフィルターそれ自体を取り除いてくれるわけではない。そうではなく、それらの古い前提が、私たちが何者であるかを規定しなくなるのだ。そのようなものとして知られる(発明された)コンテクストは、決して自動的に引き継がれるものではなく、また文化変容(異文化間の相互的な変容)に伴うものでもない。どこかで拾うものでも、偶然そのようになることでもない。常に、そして唯一、私たちの選択によるものだ。選択は、人間にのみ与えられたものだ。「石にも虎にも、生涯、選択はない。石は引力に従わざるを得ない。虎は飛びかからざるを得ない。唯一人間だけが、人生のいついかなる瞬間にも、何をすべきか、どうあるべきかを自ら選択しなくてはならないという圧倒的な責任に向き合っている。それは必要なことでもあり、また誘(いざな)いでもある。」2

2007年、レッドソックスは、3年間で2回目のワールドシリーズチャンピオンになった。
そしてポストシーズンゲームで、歴史上もっとも優勢な勝利を収めたチームとなった。

1 グレン・スコット,『ボストンベースボール』,2004年9月号より引用
2 ハリー・アイルズ「選択の圧政」, 『フィナンシャルタイムス』,2011年2月7日号掲載(文章はオルテガ・イ・ガセットのエッセイ『司書の使命』からの引用)

 

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